2018年07月10日

東京都 品川区 上神明天祖神社(蛇窪大明神))・参拝・御朱印 2018/7/7

【27.2018/7/7 東京都 品川区 上神明天祖神社(蛇窪大明神) ・参拝・御朱印】



【御祭神】天照大神・天児屋根命・応神天皇


【公式サイト】http://hebikubo.jp/


【最寄駅】西大井駅・中延駅


東京都 品川区に鎮座する 上神明天祖神社(蛇窪大明神)に参拝してきました。


中延駅から徒歩で10分程度かかりました。


今年は観測史上一番早い梅雨明けで、天気も回復し


七夕という事もあり大変 賑わっており


御朱印をいただくのに2時間待ちとなってしまいました。


ただ冷たい麦茶の用意もしていただき


とても嬉しかったです。


御朱印の種類も豊富でしたが 今回は一番オーソドックスな


御朱印をいただいてきました。


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【ご由緒】


文永八年(鎌倉時代・1272)十一月十日


北条四朗左近大夫陸奥守重時は


五男の時千代に多数の家臣を与え蛇窪(現在の品川区二葉四丁目付近)に


残って当地域を開くよう諭して、自らはこの地を去りました。


その後、時千代は法圓上人と称して大森(大田区)に厳正寺を開山し


家臣の多くは蛇窪付近に移住させました。


現在、厳正寺の壇徒がこの地域に大井のは、こうした理由によるものです。



文永八年の秋から五十年ほど経た元亨二年(1322)


武蔵の国(現在の東京・埼玉)一帯が大旱魃となり


飢饉の到来は必至と見られました。


このとき、厳正寺の当主、法圓の甥の第二世法密上人は


この危機を救うため、厳正寺の戌亥(北西)の方向にあたる


森林の古池のほとりにある龍神社に雨ごいの断食祈願をしました。


上人の赤誠(偽りや飾りのない心。まごころ。)と神霊の冥助により


大雨が沛然と降り注ぎ、ついに大危機を免れることができました。



これに感激した時千代の旧家臣たちは


蛇窪に神社を勧請し、神恩にこたえて祀りました。


これが現在の天祖神社の縁起とされています。



なお一説には、鎌倉時代に


この地の豪農、森屋氏(現姓森谷氏等の先祖)が


建立したものとも伝えられています。


当社の旧社名は神明社です。


現在の下神名天祖神社は、正保年間(1644)


今から約三百七十年前、蛇窪村が上蛇窪村と下蛇窪村に分立の際に


当神社から現在の所在地に分社されたと言われています。


その後、昭和七年十月に東京市内編入の際


氏神である神明社に因んで町名が上神明町、下神明町に改名されました。


したがって、これ以後に現在の社名、天祖神社に改名されました。


(公式HPより)



【社号碑】


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【鳥居】


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【参道】


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【御社殿】


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【狛犬】


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【御朱印】


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【案内板】


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【MAP】


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【開運】










【金運】










【スキンケア】

























posted by 逆襲のけんちゃん at 06:04| Comment(0) | 神社参拝・御朱印 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月03日

東京都 台東区 吉原神社・吉原弁財天・参拝・御朱印 2018/6/30

【26.2018/6/30 東京都 台東区 吉原神社・吉原弁財天・参拝・御朱印】



【御祭神】倉稲魂命・市杵島姫命




【最寄駅】三ノ輪駅・入谷駅・浅草駅


東京都 台東区に鎮座する 吉原神社・吉原弁財天に参拝してきました。


入谷駅から10〜15分程度でしょうか。


近くには鷲神社もあり、吉原弁財天も兼務しています。


吉原弁財天は吉原神社から1〜2分程度の場所にあります。


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【ご由緒】


当社は吉原遊郭とともに歩んできた神社です。


吉原遊郭は元和3年(1617)


幕府の許可を得て庄司甚右衛門が江戸市中に


散在していた遊女屋を日本橋葺屋町(ふきやちょう)の


東隣(現在の日本橋人形町周辺)に集めたことにはじまります。


この地には葦(よし)が生い茂っており


そこから「葦原」、転じて「吉原」と命名されました。


しかし次第に吉原が江戸の中心地になってしまったため


明暦3年(1655)に現在地である千束村へ移転となりました。


以後、日本橋葺屋町付近にあった頃の吉原を


「元吉原」、移転後の吉原を「新吉原」といいます。


この「新吉原」には廓の守護神として五つの稲荷社が存在しました。


吉原の入口である大門(おおもん)の手前に「玄徳(よしとく)稲荷社(吉徳稲荷社)」


さらに廓内の四隅には「榎本稲荷社」「明石稲荷社」


「開運稲荷社」「九郎助稲荷社」がお祀りされていました。


その後明治5年に、これら五つの稲荷社が合祀され


総称して吉原神社と名付けられました。


当初は玄徳稲荷社旧地に


お祀りされていましたが、関東大震災にて焼失。


震災後は水道尻付近の仮社殿にてお祀りしていましたが


昭和9年に現在地へ新社殿を造営


そのさい新吉原隣接の花園池に鎮座する吉原弁財天も合祀しました。


その後昭和20年の東京大空襲で惜しくも焼失しますが


昭和43年に現社殿が造営されて現在に至ります。


(公式HPより)



【社号碑】


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【鳥居】


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【御社殿】


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【狛犬】


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【御朱印】


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【吉原弁財天 社号碑】


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【吉原弁財天 鳥居】


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【吉原弁財天 御社殿】


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吉原弁財天の本宮です


平成24年には有志の方々によって改修工事が行われ


壁一面には東京芸術大学の学生による壁画が描かれました。


(公式HPより)


【吉原弁財天 関東大震災の殉難者を慰霊する観音像】


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【吉原弁財天 御朱印】


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【開運】










【金運】










【スキンケア】
























posted by 逆襲のけんちゃん at 06:09| Comment(0) | 神社参拝・御朱印 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月02日

東京都 台東区 鷲神社(おおとりじんじゃ)・参拝・御朱印 2018/6/30

【25.2018/6/30 東京都 台東区 鷲神社(おおとりじんじゃ)・参拝・御朱印】



【御祭神】天日鷲命・日本武尊


【公式サイト】http://www.otorisama.or.jp/


【最寄駅】入谷駅・つくばEX 浅草駅


東京都 台東区に鎮座する 鷲神社に参拝してきました。


今回は、入谷駅から徒歩で10程度かかりました。


酉の市でも有名でまた


鷲神社「なでおかめ」の云われで


おでこをなでれば賢くなり


目をなでれば先見の明が効き


鼻をなでれば金運がつく


向かって右の頬をなでれば恋愛成就


左の頬をなでれば健康に


口をなでれば災いを防ぎ


顎(あご)から時計回りになでれば物事が丸く収まると云う事で


実際に拝見したく訪れ参拝してきました。


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【ご由緒】


鷲神社は天日鷲命(あめのひわしのみこと)


日本武尊(やまとたけるのみこと)を


お祀りした由緒正しい神社です。


現在は「おとりさま」として一般にも親しまれ崇敬を集めており


また十一月の例祭も現在は


「酉の市(とりのいち)」として広く知られています。



社伝によると天照大御神が天之岩戸にお隠れになり


天宇受売命が


岩戸の前で舞われた折、弦(げん)という楽器を司った神様がおられ


天手力男命が天之岩戸をお開きになった時


その弦の先に鷲がとまったので


神様達は世を明るくする瑞象を現した鳥だとお喜びになり


以後、この神様は鷲の一字を入れて


鷲大明神、天日鷲命と称される様になりました。



天日鷲命は、諸国の土地を開き、開運、、殖産、商賣繁昌に


御神徳の高い神様としてこの地にお祀りされました。


後に日本武尊が東夷征討の際、社に立ち寄られ戦勝を祈願し


志を遂げての帰途


社前の松に武具の「熊手」をかけて勝ち戦を祝い、お礼参りをされました。


その日が十一月酉の日であったので


この日を鷲神社例祭日と定めたのが酉の祭、「酉の市」です。


この故事により日本武尊が併せ祭られ、御祭神の一柱となりました。


江戸時代から鷲神社は、「鳥の社(とりのやしろ)」


また「御鳥(おとり)」といわれており


現在も鷲神社は「おとりさま」と一般に親しまれ崇敬を集めています。


十一月の例祭も現在は「酉の市」と広く知られていますが


正しくは「酉の祭(トリノマチ)」と呼ばれた神祭の日です。


(公式HPより)



【社号碑】


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【鳥居】


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【鳥居・参道】


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【御社殿】


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【なでおかめ】


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【境内】


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【御朱印】


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【御朱印帳】


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【案内板】


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【開運】







【金運】







【スキンケア】














posted by 逆襲のけんちゃん at 06:17| Comment(0) | 神社参拝・御朱印 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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