2018年07月13日

神奈川県 横浜市 港北区 師岡熊野神社・参拝・御朱印 2018/7/8

【30.2018/7/8 神奈川県 横浜市 港北区 師岡熊野神社・参拝・御朱印】



【御祭神】伊邪那美尊・事解之男命・速玉之男命


【公式サイト】http://www.kumanojinja.or.jp/


【最寄駅】大倉山駅



神奈川県 横浜市 港北区に鎮座する 師岡熊野神社に参拝してきました。


大倉山駅から徒歩で10分くらいでしょうか。


神奈川県港北区師岡町に鎮座する神社で


旧社格は県社の後に氏子の陳情により郷社。


「関東随一大霊験所」として古くから信仰を集める古社。


当地一帯の広い地域の総鎮守で、現在は横浜北部の総鎮守とされる。


正式社号は「熊野神社」であるが、地名より「師岡熊野神社」とされる事が多い。


近年ではサッカー神社としても知られている。


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【ご由緒】


この神社は聖武天皇神亀元甲子年(西暦724年)に全寿仙人によって開かれ


熊野山の中腹に鎮座し、和歌山県熊野三社(本宮・那智・速玉)の祭神と御一体である。


仁和元年七月には


光孝天皇の勅使六条中納言藤原有房卿が此地に下向され


「関東随一大霊験所熊埜宮」の勅額を賜わり、それ以来


宇多・醍醐・朱雀・村上天皇の勅願所として社僧十七坊が附せられた。



数多くの古神事の中に現在続行されて居る筒粥神事は


天暦三年より実に1060回余にもなる。


観応二年六月十七日、雷火のため社殿は消失したが


御神体・社宝は無事であり特に貞治三年の熊野山縁起は現存して神社の故事を伝えている。



例えば、勅使着用の大口袴は大口の地名に残り


供奉者の足を洗った子安足洗川、顔を清めた西寺尾町字面滝


馬の鐙を納めた鐙宮(阿府神社)参向儀式の行われた式坂


更に「い」の池(指定地域史跡)、「の」の池、「ち」の池の故事等、枚挙にいとまがない。



室町期に北条早雲公、慶長四年徳川家康公、寛永十九年家光公


寛文五5年家綱公より御朱印地を戴いたのを始め


代々の将軍家の崇敬極めて篤く、神社への御朱印は幕末まで続けられた。



明治元年神仏分離の際、熊野神社と隣接の法華寺とに二分され


明治三年には県社に列格したが


氏子の陳情する所あって明治六年三十三ヶ村の郷社に列した。



その後、各所の整備造営工事を行ってきたが


平成十七年「平成の大修造」と称し、覆殿・翼殿をはじめとする壮大な造営事業を実施


更に平成二十六年「平成の大修造第二期」に着手し


手水舎新築、境内社整備参集殿改修等の事業を完遂し、面目を一新した。



当社は、関東地方における熊野信仰の根拠地として


また、横浜北部の総鎮守の宮として古代より現代に至るまで広く篤い崇敬を受けている。


(参拝しおりより)



【社号碑】


社号碑には「関東随一大霊験所」の文字がきざまれています。


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【鳥居】


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【石段】


鳥居を潜るとやや急勾配な石段。


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【御社殿】


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【狛犬】


鳥居手前に一対の狛犬。


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子持ちの狛犬。


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【御朱印】


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【御神木】


「みくまの五木」と呼ばれる御神木があり その一木のアカガシ。


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【さざれ石】


境内の左手にはさざれ石。


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君が代にも登場するさざれ石が整備され置かれています。


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【いの池】


現在は「い」の池、「の」の池が現存しいるものの


惜しくも「ち」の池は、埋められてしまって大曽根第二公園となっている。


古くはこの三つの池を合わせて「いのちの池」と呼んでいた。


「い」の字の形をしており、雨乞神事もこの池で行われたとされる。


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【弁天社】


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【参拝しおり】


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【MAP】


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【開運】







【金運】












【スキンケア】
















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2018年07月12日

東京都 港区 芝大神宮・参拝・御朱印 2018/7/7

【29.2018/7/7 東京都 港区 芝大神宮・参拝・御朱印】



【御祭神】天照皇大御神・豊受大御神


【相殿神】源頼朝公・徳川家康公


【公式サイト】http://www.shibadaijingu.com/


【最寄駅】大門駅・浜松町駅・御成門駅・芝公園駅


2018/7/7 東京都 港区に鎮座する 芝大神宮に参拝してきました。


今回は、芝東照宮からでしたので徒歩で10〜15程度かかったと思います。


伊勢信仰らしい とても綺麗で清潔感があるのが印象的でした。


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【ご由緒】


芝大神宮は


伊勢神宮の御祭神、天照大御神(内宮)、豊受大神(外宮)の


二柱を主祭神としてお祀りしています。


御鎮座は遠く平安時代


寛弘二年(1005年)一条天皇の御代に創建された由緒あるお社です。


古くは、飯倉神明宮、芝神明宮と称され鎌倉時代においては


源頼朝公より篤い信仰の下、社地の寄贈を受け


江戸時代においては、徳川幕府の篤い保護の下に社頭は


にぎわい大江戸の大産土神として関東一円の庶民信仰を集め


「関東のお伊勢さま」として数多くの人々の崇敬を戴きました。


その当時の賑わいは、広重の錦絵に窺うことができます。



その後の当宮の社史をみますと、明治、大正、昭和初期の関東大震災


太平洋戦争の激動期においても


数多くの苦難にも耐えて氏子並びに崇敬者に支えられ現在の御社殿に至ります。


(公式HPより)



【社号碑】


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【鳥居・石段】


参道の先に綺麗な神明鳥居。


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【御社殿】


石段を上ると社殿があり


伊勢信仰らしい神明造りで綺麗に整備されています。


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【狛犬】


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【御朱印】


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【授与品】


道中安寧守・生姜飴


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【力石】

当宮で勧進相撲が行われていたように、力比べで使われたもの。


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【MAP】


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【開運】










【金運】










【スキンケア】


























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2018年07月11日

東京都 港区 芝東照宮・参拝・御朱印 2018/7/7

【28.2018/7/7 東京都 港区 芝東照宮・参拝・御朱印】



【御祭神】徳川家康


【公式サイト】http://www.shibatoshogu.com/


【最寄駅】芝公園駅・御成門駅・大門駅・赤羽橋駅・浜松町駅


東京都 港区に鎮座する 家康公をお祀りしている


芝東照宮に参拝してきました。


芝公園A4出口からすぐです。


芝公園の横にあり


静粛な雰囲気がありました。


芝東照宮の参拝後は


増上寺にも立ち寄ってみました。


箱根駅伝でも1区と10区で毎回紹介されているので


知っていたのですが 実際に訪れたのは初で


七夕のイベントが準備されておりました。


増上寺からみる東京タワーもなかなか迫力がありました。


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【ご由緒】


当宮「芝東照宮(しばとうしょうぐう)」は


当初、増上寺内境内に勧請された。


増上寺は天正十八年(一五九〇)家康公の江戸入府の折


源誉存応が公の帰依を得て徳川家の菩提寺に定められた。


当時は日比谷にあったが、慶長三年(一五九八)江戸城拡張工事に伴い現在地に移転した。


以後、幕府の保護の下


関東浄土宗寺院の総本山となり、実質的に同宗第一の実力を持った。


この増上寺境内の家康公を祀る廟は、一般に安国殿と称された。


これは家康公の法名「一品大相国安国院殿徳蓮社崇誉道大居士」によるものである。



安国殿の御神体は慶長六年(一六〇一)正月


六十歳を迎えられた家康公が自ら命じて彫刻された等身大の寿像で


公は生前、駿府城において自らこの像の祭儀をを行っていた。


死に臨んで公は、折から駿府城に見舞いに参上した増上寺の僧侶に


「像を増上寺に鎮座させ、永世国家を守護なさん」と仰せになり


この像を同寺に祀るよう遺言していたもので


安国殿の創建の時に造営奉行であった


土井大炊助利勝(後の大老・土井大炊助利勝)の手により駿府から護り送られたのである。



安国殿は明治初期の神仏分離のため


増上寺から分かれて東照宮を称し御神像を本殿に安置・奉斎した。


明治六年(一八七三)には郷社に列し


社殿は寛永十八年(一六三三)の造替当時のものが維持されていたが


昭和二十年(一九四五)五月二十五日の戦災により


御神像の寿像と天然記念物の公孫樹を除いて社殿悉く焼失した。


昭和三十八年(一九六三)には寿像が東京都重要文化財に指定され


昭和四十四年(一九六九)八月十七日、復興奉賛会により社殿の完成を見て今日に至っている。


(公式HPより)



【社号碑】


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【鳥居】


「東照宮」の社号碑が立ち、参道には一対の狛犬


その奥は駐車場として整備されており


鳥居の先も駐車場となっていて


この辺は都心の神社という事で致し方ない事かな。


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【参道】


鳥居の先の石段からが神域らしくなる。


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【御社殿】


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【狛犬】


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【御朱印】


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【授与品】


日光杉並木古材を使用したもので、御朱印を拝受した際に一緒に頂ける。


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【案内板】


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【家光が植えたと伝わる御神木の公孫樹】


石段を上り右手、手水舎の奥に御神木の公孫樹(いちょう)がある。


三代将軍・徳川家光が植えたと伝えられる御神木。


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【MAP】


芝東照宮.png






【増上寺】


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【開運】










【金運】










【スキンケア】























posted by 逆襲のけんちゃん at 05:52| Comment(0) | 神社参拝・御朱印 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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