2018年07月20日

【35.2018/7/14 東京都 江戸川区 小岩神社・神社・参拝・御祈祷・ご利益・御朱印】

【35.2018/7/14 東京都 江戸川区 小岩神社・神社・参拝・御祈祷・ご利益・御朱印】



【御祭神】天照皇大御神・住吉大神・天児屋根大神・八幡大神・衣通姫大神


【公式サイト】−


【最寄駅】小岩駅

東京都 江戸川区に鎮座する 小岩神社に参拝してきました。


小岩駅から徒歩で15分程度かかりました。


住宅街の中にあり近くには総武線の高架も見えます。


境内は落ち着いており雰囲気の良い神社の一つです。


広さはないものの綺麗に整備された境内は


小岩の氏子崇敬者からの崇敬が伝わるとても心地よい境内となっています。


社号碑や御朱印に今も「五社明神」の文字が記されているのも


歴史を大切にしているのが伝わる良い神社である。


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【ご由緒】


小岩は下総国の国府(市川市国府台付近)に程近く、早くから開発が進みましたが


鎌倉時代にこの一帯を治めておりました御家人葛西清重を祖とする同氏によって


伊勢神宮に寄進され、以後、神領地となり『葛西御厨』と称されました。


以来、崇敬心篤いこの地に


天文五年(1536)『五社大明神』『五社明神社』と呼ばれ


広く尊崇を集めておりました当神社を下総国行徳より御遷座申し上げ


小岩の総鎮護さまとして篤くお祀りすることとなりました。



江戸に幕府が開かれると


将軍お膝元の古社として


四代将軍家綱公の御代に大老職まで務めた


酒井雅楽頭や板倉筑後守といった重臣達によって


寛文十一年(1671)本殿・拝殿の寄進をうけました。



天保十一年(1840)九月に現在の地へご遷座申し上げましたが


御社殿の老朽甚だしく


これを憂いた地元氏子崇敬者のご奉賛により御造営の企画がなされ


昭和三十七年十月に現社殿が竣工し


なお一層の御神徳をもってこの小岩の街を見守っておられます。


(配布のパンフレットより)



【社号碑】


社号碑にはかつての「五社明神」の文字も記されている。


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【鳥居・参道】


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【神門】


神門など綺麗に整備された境内。


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【御社殿】


昭和三十七年(1962)、旧社殿の老朽化のため現在の社殿が建立。


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【狛犬】


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【御朱印】


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【授与品】


御朱印と参拝しおりと一緒にいただける


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【日枝神社・浅間神社・境内社】


複数ある中の一つ「日枝神社・境内社」


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【参拝しおり】


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【MAP】


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2018年07月18日

【34.2018/7/14 東京都 江戸川区 平井諏訪神社・神社・参拝・御朱印・ご利益】

【34.2018/7/14 東京都 江戸川区 平井諏訪神社・神社・参拝・御朱印・ご利益】



【御祭神】建御名方命


【相殿神】天照皇大神・経津主神・誉田別神・大国主神・武甕槌神


【公式サイト】−


【最寄駅】平井駅


東京都 江戸川区に鎮座 平井諏訪神社に参拝してきました。


平井駅から徒歩で5〜10程度かかりました。


丁度、お祭りの準備をしている所でしたが、大通りより


一歩入った住宅街の中にあり落ちつた感じな所にあります。


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【ご由緒】


平井諏訪神社は、燈明寺の惠祐法印が


出身地である信州の諏訪大社から神霊を勧請して享保年間(1716-1735)創建


下平井村の鎮守社だったといいます。


明治5年村社に列格、昭和8年四所神社・稲荷神社を合祀したといいます。



祭神は建御名方命で、享保年間(1716-1735)


燈明寺の惠祐法印が、出身地である信州の諏訪大社から


神霊を勧請したのがはじまりと伝えられます。



境内中央の社殿は


昭和四十二年に命じ百年を記念して建てられ(四十四年完成)


その旧社殿が境内北隅に移築されています。


(江戸川区教育委員会掲示より)



諏訪神社(平井六丁目一七番三六号)


祭神は建御名方命で信濃国一ノ宮諏訪大社の分社である。


創建年月は明かでないが享保年間に燈明寺の恵祐法印が生国である


信州の諏訪大明神の神霊を当所に祀ったのが始めであるという。


その後天保十四年十一月本殿を改築したが


この建物にはすぐれた彫刻があり


現在は境内の北隅にある稲荷神社の社殿になっている。


明治五年村社に列し、下平井村の四所神社(春日明神)を合祀した。


壮麗な今の社殿は昭和四十四年八月に落成した。境内に富士塚があり


乃木希典揮毫の明治三十七八年戦役記念碑がある。


(「江戸川区史」より)



創立年月は不詳であるが


下平井村(現在の平井二・三・四・五・六丁目)の鎮守社として奉斎され


御本殿(現在の稲荷社)は天保十五年(一八四四)十一月再建されたものである。


明治当初まで、隣接の平井聖天が別当を相勤めた。


明治三十九年拝殿を新設し、昭和十一年境内全般低湿のため


氏子の浄財をもって境内を土盛、社殿の改修をなした。


昭和八年、四所神社・稲荷神社を当社へ合祀した。


(東京都神社名鑑より)



【社号碑】


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【鳥居】


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【参道】


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【御社殿】


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【狛犬】


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【御朱印】


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【案内板】


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【平井の富士塚】


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【参拝しおり】


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【MAP】


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2018年07月17日

【33.2018/7/14 東京都 墨田区 江島杉山神社(えじますぎやまじんじゃ)・参拝・御朱印】

【33.2018/7/14 東京都 墨田区 江島杉山神社(えじますぎやまじんじゃ)・参拝・御朱印】



【御祭神】市杵島比売命(弁財天)・杉山和一総検校




【最寄駅】両国駅・森下駅


東京都 墨田区に鎮座する 江島杉山神社に参拝してきました。


両国駅からは10分程度の場所りにあります。


さすが両国で


駅を降りると まじかに両国国技館あり


駅構内にも力士のポスターもたくさん貼られています。


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【ご由緒】


当社は神奈川県藤沢市江島神社の弁財天を奉斎し


またその弁財天を深く信仰した杉山和一を併せ祀る。


杉山和一(慶長十五年〈1610〉年〜元禄七年〈1694〉年)は


三重県津市の武家の生まれで幼い頃失明し、身を立てるために鍼術を志す。


江戸の山瀬琢一に入門し修行に励む中、江島弁財天の岩屋にて七日七夜の参籠をした。


業が明けた日外に出ると大きな石に躓いてしまうが


何か手に刺さる物があり探ってみると


筒の様にくるまった枯葉(スダジイ)の中に一本の松葉が入っていた。



「いくら細い鍼でも管に入れて使えば盲人の私にも容易く打つ事が出来る」


こうして、現在鍼治療の主流である管鍼術が生まれた。


躓いた石は「福石」として、本社江島神社の境内に祀られている。


この後より深く鍼治を学ぶため京都の入江豊明の元へ入門する。


そして江戸で治療所を開くと、その噂は瞬く間に広がった。


同時に多くの弟子を輩出し、世界初の盲人教育の場、職業の確立を進めた。


寛文十(1670)年一月、和一は61歳にして検校の位を受けた。


その名声により五代将軍徳川綱吉の医師として務めるようになる。



元禄五(1692)年五月九日将軍より総検校に任ぜられる。


和一が八三歳の時、綱吉公の難病を治療した功により


「何か望みのものはないか」との問いに


「唯一つ、目が欲しゅうございます」と答え


ここ本所一ツ目に総録屋敷の領地を賜り


更に和一が高齢になっても月参りを欠かさなかった


江ノ島弁財天が敷地内に勧請されてた。



翌年には壮麗な社殿が建立、本所一ツ目弁天社と呼ばれ江戸名所となり


多くの信仰を集めた。


元禄七(1694)年五月十八日八四歳没。


明治四年、当道座組織が廃止され総録屋敷も没収されるが


当社は綱吉公が古跡並の扱いとしたため残され、社名も江島神社となる。



明治23年四月杉山和一霊牌所即明庵も再興し


境内に杉山神社を創祀、震災、戦災により二つの社殿とも焼失するが


戦後昭和27年合祀し、島江島杉山神社となる。


(境内の案内板より)



【西側の社号碑】


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【西側の鳥居】


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【参道】


両側に家屋が建った参道になっているが、江戸時代の頃より西側が表参道であった。


参道を進むと境内の前にちょっとした空き地がある。


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【南側の社号碑】


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【南側の鳥居】


鳥居には扁額が掛けられていて、こちらのほうが少し規模は大きい。


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【二之鳥居】


参道が交差するあたりに二之鳥居。


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【御社殿】


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【狛犬】


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【御朱印】


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【弁財天像】


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【案内板】


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御祭神から福徳円満・芸能上達・学業成就の他、鍼灸按学術上達の御利益があるのが面白い。


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【MAP】


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【開運】







【金運】












【スキンケア】














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